平成23年新司法試験刑事系第2問(刑事訴訟法)

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逮捕・勾留に関する諸問題 - 別件逮捕・勾留と余罪の取調べ
被疑者の取調べ - 逮捕・勾留中の取調べ
伝聞証拠 - 伝聞証拠の意義
伝聞例外 - 供述代用書面

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[刑事系科目]

〔第2問〕(配点:100)

 次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。

【事 例】

1 平成22年5月1日,A女は,H県警察本部刑事部捜査第一課を訪れ,同課所属の司法警察員Pに,「2か月前のことですが,午後8時ころ,結婚を前提に交際していたBと電話で話していると,Bから『甲が来たから,また,後で連絡する。』と言われて電話を切られたことがありました。甲は,Bの友人です。その3時間後,Bが私の携帯電話にメールを送信してきました。そのメールには,Bが甲及び乙と一緒に,甲の奥さんであるV女の死体を,『一本杉』のすぐ横に埋めたという内容が書かれていました。ちなみに,『一本杉』は,H県I市内にあるJ山の頂上付近にそびえ立っている有名な杉です。また,乙も,Bの友人です。私は,このメールを見て,怖くなったので,思わず,メールを消去しました。その後,私は,このことを警察に伝えるべきかどうか迷いましたが,Bとは結婚するつもりでしたので,結局,警察に伝えることができませんでした。しかし,昨日,Bとも完全に別れましたので,警察に伝えることに踏ん切りがつきました。Bが私にうそをつく理由は全くありません。ですから,Bが私にメールで伝えてきたことは間違いないはずです。よく調べてみてください。」などと言った。その後,司法警察員Pらは,直ちに,前記「一本杉」付近に赴き,その周辺の土を掘り返して死体の有無を確認したところ,女性の死体を発見した。そして,女性の死体と共に埋められていたバッグにV女の運転免許証が在中していたことなどから,女性の死体がV女の死体であることが判明した。

  そこで,同月3日,司法警察員Pらは,Bから事情を聞くため,Bが独り暮らしをしているKマンション403号室に赴き,BにH県警察本部への任意同行を求めたところ,Bは,突然,司法警察員Pらを振り切ってKマンションの屋上に駆け上がり逃走を試みたが,同所から転落して死亡した。

2 同日,司法警察員Pは,死体遺棄の被疑事実で捜索差押許可状の発付を受け,部下と共に,前記Kマンション403号室を捜索し,Bのパソコンを差し押さえた。

  そして,同日,司法警察員Pは,H県警察本部において,差し押さえたBのパソコンに保存されていたメールの内容を確認したところ,A女とBとの間におけるメールの交信記録しか残っていなかったが,Bが甲及び乙からV女を殺害したことを聞いた状況や甲及び乙と一緒にV女の死体を遺棄した状況等を記載したA女宛てのメールが残っていた。そこで,司法警察員Pは,このメール[メール①]を印刷し,これを添付した捜査報告書【資料1】を作成した。また,司法警察員Pは,直ちに,[メール①]をA女に示したところ,A女は,「[メール①]には見覚えがあります。[メール①]は,Bが作成して私に送信したものに間違いありません。Bのパソコンは,B以外に使用することはありません。私がパソコンに触れようとしただけで,『触るな。』と激しく怒ったことがありますので,Bのパソコンを他人が使用することは,絶対にないと断言できます。」などと供述した。

3 V女に対する殺人,死体遺棄の犯人として甲及び乙が浮上したことから,司法警察員Pらは,直ちに,甲及び乙の前歴及び前科を照会したところ,甲には,前歴及び前科がなかったものの,乙には,平成21年6月,窃盗(万引き)により,起訴猶予となった前歴1件があることが判明した。

  また,司法警察員Pは,差し押さえたBのパソコンにつき,Bと甲との間におけるメールの交信記録,Bと乙との間におけるメールの交信記録が消去されているのではないかと考え,直ちに科学捜査研究所に,消去されたメールの復元・分析を嘱託した。

  さらに,司法警察員Pらは,前記メールの復元・分析を進めている間に,甲及び乙が所在不明となることを避けるため,甲及び乙に対する尾行や張り込みを開始した。

4 その一方,司法警察員Pは,V女に対する殺人,死体遺棄事件を解明するため,甲及び乙を逮捕したいと考えたものの,まだ,[メール①]だけでは,証拠が不十分であると判断し,V女に対する殺人,死体遺棄事件以外の犯罪事実により甲及び乙を逮捕するため,部下に対し,甲及び乙がV女に対する殺人,死体遺棄事件以外に犯罪を犯していないかを調べさせた。その結果,乙については,V女に対する殺人,死体遺棄事件以外の犯罪の嫌疑が見当たらなかったが,甲については,平成22年1月10日にI市内で発生したコンビニエンスストアLにおける強盗事件の2人組の犯人のうちの1名に酷似していることが判明した。そこで,同年5月10日,司法警察員Pは,コンビニエンスストアLに赴き,被害者である店員Wに対し,甲の写真を含む複数の写真を示して犯人が写った写真の有無を確認したところ,Wが甲の写真を選択して犯人の1人に間違いない旨を供述したことから,その旨の供述録取書を作成した。

  その後,司法警察員Pは,この供述録取書等を疎明資料として,前記強盗の被疑事実で甲に係る逮捕状の発付を受け,同月11日,同逮捕状に基づき,甲を通常逮捕した【逮捕①】。そして,その際,司法警察員Pは,逮捕に伴う捜索を実施し,甲の携帯電話を発見したところ,前記強盗事件の共犯者を解明するには,甲の交遊関係を把握する必要があると考え,この携帯電話を差し押さえた。なお,この際,甲は,「差し押さえられた携帯電話については,私のものであり,私以外の他人が使用したことは一切ない。」などと供述した。

  司法警察員Pは,直ちに,この携帯電話に保存されたメールの内容を確認したところ,Bと甲との間におけるメールの交信記録が残っており,その中には,BがV女の死体を遺棄したことに対する報酬に関するものがあった。そこで,司法警察員Pは,同月12日,殺人,死体遺棄の被疑事実で捜索差押許可状の発付を受け,この携帯電話を差し押さえた。引き続き,司法警察員Pは,パソコンを利用して前記Bと甲との間におけるメール[メール②-1]及び[メール②-2]を印刷し,これらを添付した捜査報告書【資料2】を作成した。

  甲は,同日,H地方検察庁検察官に送致された上,同日中に前記強盗の被疑事実で勾留された。なお,甲は,前記強盗については,全く身に覚えがないなどと供述し,自己が犯人であることを否認した。

5 同月13日,司法警察員Pの指示を受けた部下である司法警察員Qが,乙を尾行してその行動を確認していたところ,乙がH県I市内のスーパーMにおいて,500円相当の刺身パック1個を万引きしたのを現認し,乙が同店を出たところで,乙を呼び止めた。すると,乙が突然逃げ出したので,司法警察員Pは,直ちに,乙を追い掛けて現行犯逮捕した【逮捕②】。

  その後,乙は,司法警察員Qの取調べに対し,犯罪事実について黙秘した。そこで,司法警察員Pは,乙の万引きに関する動機や背景事情を解明するには,乙の家計簿やパソコンなど乙の生活状況が判明する証拠を収集するよりほかないと考え,同日,窃盗の被疑事実で捜索差押許可状の発付を受け,部下と共に,乙が単身で居住する自宅を捜索し,乙のパソコン等を差し押さえた。その後,司法警察員Pは,同日中に,H県警察本部内において,差し押さえた乙のパソコンに保存されたデータの内容を確認したところ,Bと乙との間におけるメールの交信記録が残っているのを発見した。そして,その中には,[メール②-1]及び[メール②-2]と同様のBがV女の死体を遺棄したことに対する報酬に関するメールの交信記録が存在した。乙は,同月14日,H地方検察庁検察官に送致された上,同日中に前記窃盗の被疑事実で勾留された。

6 甲に対する取調べは,司法警察員Pが担当し,乙に対する取調べは,司法警察員Qが担当していたところ,司法警察員P及びQは,いずれも,同月15日,甲及び乙に対し,「他に何かやっていないか。」などと余罪の有無について確認した。

  すると,甲は,同日,「V女の死体を『一本杉』付近に埋めた」旨を供述したため,司法警察員Pは,同日及び翌16日の2日間,V女が死亡した経緯やV女の死体を遺棄した経緯等を聴取した。これに対し,甲は,[メール①]の内容に沿う供述をしたものの,上申書及び供述録取書の作成を拒否した。そのため,司法警察員Pは,同月17日から,連日,前記強盗事件に関連する事項を中心に聴取しながら,1日約30分間ずつ,V女に対する殺人,死体遺棄事件に関する上申書及び供述録取書の作成に応じるように説得を続けた。しかし,結局,甲は,この説得に応じなかった。なお,司法警察員Pは,甲の前記供述を内容とする捜査報告書を作成しなかった。

  一方,乙は,同月15日に余罪がない旨を供述したので,司法警察員Qは,以後,V女に対する殺人,死体遺棄事件に関連する事項を一切聴取することがなかった。

7 甲は,司法警察員Pによる取調べにおいて,前記強盗の犯人であることを一貫して否認した。同月21日,検察官は,甲を前記強盗の事実により公判請求するには証拠が足りないと判断し,甲を釈放した。

  乙は,同月18日,司法警察員Qによる取調べにおいて,前記万引きの事実を認めた上,同月20日,弁護人を通じて被害を弁償した。そのため,同日,スーパーMの店長は,乙の処罰を望まない旨の上申書を検察官に提出した。そこで,検察官は,乙を勾留されている窃盗の事実により公判請求する必要はないと判断し,同月21日,乙を釈放した。

  その一方で,同日中に,甲及び乙は,V女に対する殺人,死体遺棄の被疑事実で通常逮捕された【甲につき,逮捕③。乙につき,逮捕④。】。甲及び乙は,同月23日,H地方検察庁検察官に送致された上,同日中に前記殺人,死体遺棄の被疑事実で勾留された。なお,甲及び乙は,殺人,死体遺棄の被疑事実による逮捕後,一切の質問に対して黙秘した。また,司法警察員Pは,殺人,死体遺棄の被疑事実で捜索差押許可状の発付を受け,部下と共に,甲及び乙の自宅を捜索したものの,殺人,死体遺棄事件に関連する差し押さえるべき物を発見できなかった。その後,検察官は,Bのパソコンにおけるメールの復元・分析の結果,Bのパソコンにも,甲の携帯電話及び乙のパソコンに残っていた前記各メールと同じメールが保存されていたことが判明したことなどを踏まえ,勾留延長後の同年6月11日,甲及び乙を,殺人,死体遺棄の事実により,H地方裁判所に公判請求した。

  検察官は,公判前整理手続において,捜査報告書【資料1】につき,「殺人及び死体遺棄に関する犯罪事実の存在」,捜査報告書【資料2】につき,「死体遺棄の報酬に関するメールの交信記録の存在と内容」を立証趣旨として,各捜査報告書を証拠調べ請求したところ,被告人甲及び被告人乙の弁護人は,いずれも,不同意の意見を述べた。

〔設問1〕 【逮捕①】ないし【逮捕④】及びこれらの各逮捕に引き続く身体拘束の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

 

〔設問2〕 捜査報告書(【資料1】及び【資料2】)の証拠能力について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

 

【資料1】

捜  査  報  告  書

平成22年5月3日

H県警察本部刑事部長

司法警察員 警視正     S殿

 

                  H県警察本部刑事部捜査第一課

                  司法警察員 警部     P 印

 

死体遺棄              被疑者B

                  (本籍,住居,職業,生年月日省略)

 被疑者Bに対する頭書被疑事件につき,平成22年5月3日,被疑者Bの自宅において差し押さえたパソコンに保存されたデータを精査したところ,A女あてのメールを発見したので,同メールを印刷した用紙1枚を添付して報告する。

 

[メール①]

 

送信者:   B

宛先:    A女

送信日時:  2010年3月1日 23:03

件名:    さっきはゴメン

 

 さっきは,電話を途中で切ってゴメンな。今日の午後8時に甲が家に来たやろ。ここから,すごいことが起こったんや。いずれ結婚するお前やから,打ち明けるが,甲は,俺の家で,いきなり,「30分前に,俺の家で,乙と一緒にV女の首を絞めて殺した。俺がV女の体を押さえて,乙が両手でV女の首を絞めて殺した。V女を運んだり,V女を埋める道具を積み込むには,俺や乙の車では小さい。お前の大きい車を貸してほしい。V女の死体を捨てるのを手伝ってくれ。お礼として,100万円をお前にやるから。」と言ってきたんや。甲とV女のことは知っているやろ。甲は俺の友人で,V女は甲の奥さんや。乙のことは知らんやろうけど,俺の友人に乙というのがいるんや。その乙と甲がV女を殺したんや。俺も金がないし,お前にも指輪の一つくらい買ってやろうと思い,引き受けた。人殺しならともかく,死体を捨てるだけだから,大したことないと思うたんや。その後,すぐに,甲の家に行くと,V女の死体があったわ。また,そこには,乙もいて,「俺と甲の2人で殺した。甲がV女の体を押さえて,俺が両手でV女の首を絞めて殺したんや。死体を捨てるのを手伝ってくれ。」と言ってきた。その後,俺は,甲と乙と一緒に,V女の死体を俺の車で一本杉まで運び,そのすぐ横の土を3人で掘ってV女の死体をバッグと一緒に投げ入れ,土を上からかぶせて完全に埋めたんや。V女の死体を埋めるのに,午後9時から1時間くらいかかったわ。疲れた。分かっていると思うが,このことは誰にも言うなよ。これがばれたら,俺も捕まることになるから。そうなったら,結婚もできんわ。100万円もらったら,何でも好きなもの買ってやるから,言ってな。

 

 

【資料2】

捜  査  報  告  書

平成22年5月12日

H県警察本部刑事部長

司法警察員 警視正     S 殿

 

                  H県警察本部刑事部捜査第一課

                  司法警察員 警部     P 印

 

殺人,死体遺棄           被疑者          甲

                  被疑者          乙

                 (いずれも,本籍,住居,職業,生年月日省略)

 被疑者甲及び同乙に対する頭書被疑事件につき,平成22年5月12日,H県警察本部において差し押さえた甲の携帯電話に保存されていた甲とBとの間におけるメールの交信記録を用紙1枚に印刷したので,これを添付して報告する。

 

[メール②-1]

 

送信者:   B

宛先:    甲

受信日時:  2010年4月28日 22:00

件名:    早うせえ

 

 V女の死体を埋めたお礼の100万円払え,早うせえや。

 お前らがやったことをばらすぞ。

 

[メール②-2]

送信者:   甲

宛先:    B

送信日時:  2010年4月28日 22:30

件名:    Re:早うせえ

 

 もう少し待ってくれ。

 必ず,お礼の100万円を払うから。

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