平成24年新司法試験刑事系第1問(刑法)

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共犯 - 共同正犯
罪数 - 犯罪の個数
財産に対する罪 - 横領罪
財産に対する罪 - 背任罪
偽造罪 - 文書偽造罪

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[刑事系科目]

 

〔第1問〕(配点:100)

 以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

 

1 A合同会社(以下「A社」という。)は,社員甲,社員B及び社員Cの3名で構成されており,同社の定款において,代表社員は甲と定められていた。

2 甲は,自己の海外での賭博費用で生じた多額の借入金の返済に窮していたため,知人であるDから個人で1億円を借り受けて返済資金に充てようと考え,Dに対し,「借金の返済に充てたいので,私に1億円を融資してくれないか。」と申し入れた。

  Dは,相応の担保の提供があれば,損をすることはないだろうと考え,甲に対し,「1億円に見合った担保を提供してくれるのであれば,融資に応じてもいい。」と答えた。

3 甲は,A社が所有し,甲が代表社員として管理を行っている東京都南区川野山○-○-○所在の土地一筆(時価1億円相当。以下「本件土地」という。)に第一順位の抵当権を設定することにより,Dに対する担保の提供を行おうと考えた。

  なお,A社では,同社の所有する不動産の処分・管理権は,代表社員が有していた。また,会社法第595条第1項各号に定められた利益相反取引の承認手続については,定款で,全社員が出席する社員総会を開催した上,同総会において,利益相反取引を行おうとする社員を除く全社員がこれを承認することが必要であり,同総会により利益相反取引の承認が行われた場合には,社員の互選により選任された社員総会議事録作成者が,その旨記載した社員総会議事録を作成の上,これに署名押印することが必要である旨定められていた。

4 その後,甲は,A社社員総会を開催せず,社員B及び社員Cの承認を得ないまま,Dに対し,1億円の融資の担保として本件土地に第一順位の抵当権を設定する旨申し入れ,Dもこれを承諾したので,甲とDとの間で,甲がDから金1億円を借り入れることを内容とする消費貸借契約,及び,甲の同債務を担保するためにA社が本件土地に第一順位の抵当権を設定することを内容とする抵当権設定契約が締結された。

  その際,甲は,別紙の「社員総会議事録」を,その他の抵当権設定登記手続に必要な書類と共にDに交付した。この「社員総会議事録」は,実際には,平成××年××月××日,A社では社員総会は開催されておらず,社員総会において社員B及び社員Cが本件土地に対する抵当権設定について承認を行っていなかったにもかかわらず,甲が議事録作成者欄に「代表社員甲」と署名し,甲の印を押捺するなどして作成したものであった。

  Dは,これらの必要書類を用いて,前記抵当権設定契約に基づき,本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記を行うとともに,甲に現金1億円を交付した。

  なお,その際,Dは,会社法及びA社の定款で定める利益相反取引の承認手続が適正に行われ,抵当権設定契約が有効に成立していると信じており,そのように信じたことについて過失もなかった。

  甲は,Dから借り入れた現金1億円を,全て自己の海外での賭博費用で生じた借入金の返済に充てた。

5 本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記及び1億円の融資から1か月後,甲は,A社所有不動産に抵当権が設定されていることが取引先に分かれば,A社の信用が失われるかもしれないと考えるようになり,Dに対し,「会社の土地に抵当権が設定されていることが取引先に分かると恥ずかしいので,抵当権設定登記を抹消してくれないか。登記を抹消しても,土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりしないし,抵当権設定登記が今後必要になればいつでも協力するから。」などと申し入れた。Dは,抵当権設定登記を抹消しても抵当権自体が消滅するわけではないし,約束をしている以上,甲が本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりすることはなく,もし登記が必要になれば再び抵当権設定登記に協力してくれるだろうと考え,甲の求めに応じて本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記を抹消する手続をした。

  なお,この時点において,甲には,本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりするつもりは全くなかった。

6 本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記の抹消から半年後,甲は,知人である乙から,「本件土地をA社からEに売却するつもりはないか。」との申入れを受けた。

  乙は,Eから,「本件土地をA社から購入したい。本件土地を購入できれば乙に仲介手数料を支払うから,A社と話を付けてくれないか。」と依頼されていたため,A社代表社員である甲に本件土地の売却を持ち掛けたものであった。

  しかし,甲は,Dとの間で,本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりしないと約束していたことから,乙の申入れを断った。

7 更に半年後,甲は,再び自己の海外での賭博費用で生じた多額の借入金の返済に窮するようになり,その中でも暴力団関係者からの5000万円の借入れについて,厳しい取立てを受けるようになったことから,その返済資金に充てるため,乙に対し,「暴力団関係者から借金をして厳しい取立てを受けている。その返済に充てたいので5000万円を私に融資してほしい。」などと申し入れた。

  乙は,甲の借金の原因が賭博であり,暴力団関係者以外からも多額の負債を抱えていることを知っていたため,甲に融資を行っても返済を受けられなくなる可能性が高いと考え,甲による融資の申入れを断ったが,甲が金に困っている状態を利用して本件土地をEに売却させようと考え,甲に対し,「そんなに金に困っているんだったら,以前話した本件土地をA社からEに売却する件を,前向きに考えてみてくれないか。」と申し入れた。

  甲は,乙からの申入れに対し,「実は,既に,金に困ってDから私個人名義で1億円を借り入れて,その担保として会社に無断で本件土地に抵当権を設定したんだ。その後で抵当権設定登記だけはDに頼んで抹消してもらったんだけど,その時に,Dと本件土地を売ったり他の抵当権を設定したりしないと約束しちゃったんだ。だから売るわけにはいかないんだよ。」などと事情を説明した。

  乙は,甲の説明を聞き,甲に対し,「会社に無断で抵当権を設定しているんだったら,会社に無断で売却したって一緒だよ。Dの抵当権だって,登記なしで放っておくDが悪いんだ。本件土地をEに売却すれば,1億円にはなるよ。僕への仲介手数料は1000万円でいいから。君の手元には9000万円も残るじゃないか。それだけあれば暴力団関係者に対する返済だってできるだろ。」などと言って甲を説得した。

  甲は,乙の説得を受け,本件土地を売却して得た金員で暴力団関係者への返済を行えば,暴力団関係者からの取立てを免れることができると考え,本件土地をEに売却することを決意した。

8 数日後,甲は,A社社員B,同社員C及びDに無断で,本件土地をEに売却するために必要な書類を,乙を介してEに交付するなどして,A社が本件土地をEに代金1億円で売却する旨の売買契約を締結し,Eへの所有権移転登記手続を完了した。甲は,乙を介して,Eから売買代金1億円を受領した。

  なお,その際,Eは,甲が本件土地を売却して得た金員を自己の用途に充てる目的であることは知らず,A社との正規の取引であると信じており,そのように信じたことについて過失もなかった。

  甲は,Eから受領した1億円から,乙に約束どおり1000万円を支払ったほか,5000万円を暴力団関係者への返済に充て,残余の4000万円については,海外での賭博に費消した。

  乙は,甲から1000万円を受領したほか,Eから仲介手数料として300万円を受領した。

 

【別 紙】

社員総会議事録

 

1 開催日時

  平成××年××月××日

 

2 開催場所

  A合同会社本社特別会議室

 

3 社員総数

  3名

 

4 出席社員

  代表社員 甲

    社員 B

    社員 C

 

  社員Bは,互選によって議長となり,社員全員の出席を得て,社員総会の開会を宣言するとともに下記議案の議事に入った。

  なお,本社員総会の議事録作成者については,出席社員の互選により,代表社員甲が選任された。

 

 

議案 当社所有不動産に対する抵当権設定について

 議長から,代表社員甲がDに対して負担する1億円の債務について,これを被担保債権とする第一順位の抵当権を当社所有の東京都南区川野山○-○-○所在の土地一筆に設定したい旨の説明があり,これを議場に諮ったところ,全員異議なくこれを承認した。

 なお,代表社員甲は,特別利害関係人のため,決議に参加しなかった。

 

 以上をもって議事を終了したので,議長は閉会を宣言した。

 

 以上の決議を証するため,この議事録を作成し,議事録作成者が署名押印する。

 

平成××年××月××日

 

                             議事録作成者 代表社員甲 印

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